野生のハムスターに関する先行文献 2
野生のハムスターに関する先行文献 2
投稿日時:
- 名前
- 山登魚
前トピックが長くなったため、一旦区切りを付け、新たにトピックを立てさせて頂きました。
さて、早速ですが『ハムスター 飼育・繁殖・ショーのための完全マニュアル』を一読しましたので、内容を共有させて頂きます。
この本は、イギリスのハムスター愛好家協会(National Hamster Council、略称NHC)の会員であり、ショーの審査員でもあるジミー・マッケイ氏が、1991年に出版した飼育書です(翻訳版は2001年)。
ショーというのは、主催団体が理想とする美しいハムスターを審査、表彰する品評会のことです。
この飼育書は、ショーに出展するための、血統がよく優秀なハムスターの作出を目指す愛好家を主たる読者として想定しています。
冒頭のハムスターの歴史に関しては、原典を調査し、集めた情報の詳細が事実であることを確かめるため、歴史に関わってきた人々に直接尋ね、それが不可能な場合には近い親戚や同僚の人々から話を聞くよう努力を重ねた、との記載があり、かなり時間を掛けて正攻法で調べた力作であるといえます。
実際、ゴールデンハムスターの歴史について、マッケイ氏が30年前に集めた資料と同等かそれ以上のものを自分に集められるかと問われると、そんな自信は全く無いです。
当時証言できた方は既に亡くなっているでしょうし、自費出版の本は当時から入手困難で、その他の書籍や論文についても現在は散逸している可能性もあります。
まずは、アハロニ氏以前の発見についての話です。
1797年、医師アレキサンダー・ラッセル氏がその著書"The Natural History of Aleppo"第2版の中で、彼(または彼の死後第2版を発行した弟パトリック)が解剖中のゴールデンハムスターを目にし、観察した内容が書かれていました。
この時はまだクロハラハムスターの一種であると思われていました(巻末の関連書籍一覧には1794年と記載されています)。
1839年、ロンドン動物学協会のジョージ・ロバート・ウォーターハウス氏が、シリアのアレッポから入手したゴールデンハムスターの標本を同会に提出し、"新種"のハムスターであるとして、学名が付けられました。
その標本は、本書が発行された1991年現在もロンドン自然史博物館に展示されているとして、写真も掲載されていました。
巻末には、該当のものかどうかは分かりませんが、動物学協会の論文(1934,1947)と、自然史博物館の書籍(1980)が載っていました。
1880年、アレッポの総領事ジェームス・ヘンリー・スキーニ氏が、アレッポ勤務時代に捕獲・繁殖させていたゴールデンハムスターのコロニーをスコットランド(エジンバラ)の自宅に持ち帰り、このコロニーは30年以上存続しました(巻末にスキーニ氏の著書は見つかりませんでしたが、イギリスの研究機関の書籍はいくつかあったので、その中に書かれているのかも知れません)。
続いて、アハロニ氏に関する話です。
1920年代の後半、エルサレムのヘブライ大学寄生虫学準教授(後に教授)であったソウル・アドラー氏は、研究用の動物としてチャイニーズハムスターを使っていましたが、この種は繁殖が難しく、原産地からの輸入に頼らざるを得ませんでした。
アドラー氏はウォーターハウス氏の論文を読んでおり、新しい研究用の動物としてゴールデンハムスターを入手したいと考え、同大学動物学教授で動物博物館の責任者であったイスラエル・アハロニ氏に依頼しました。
アハロニ氏はこれを引き受け、1930年に、現地人ガイド(ジョルジウス)とともに、シリアでハムスターの調査を行いました。
この詳細については、1942年に出版された彼の著書“Memoirs of a Hebrew Zoologist“に記されているとあり、以下の内容がそれをまとめたものと思われますので、そのまま引用します(引用が多く問題がある場合は、管理者様にはお手数をお掛けしますが、削除をお願いします)。
引用:
1930年4月12日、村長の指示で小麦畑の周囲にハムスターを探す穴を掘る作業が始められ、現地の村民が2.5mの深さまで掘ったところで、 雌1頭とまだ目も開いていない子11頭がいる巣が発見された。巣を丸ごと(子や母親もいっしょに) 木箱に移したとき、恐ろしいことが起こった。 母親が子の頭を咬み切り、殺してしまったのである。
これを目撃したジョルジウスは、残りの子を助けるため素早く母親を引き離し、母親をシアン化物入りのビンに入れて処分した (アハロニは1930年4月27日と29日にも別のゴールデンハムスターを捕獲しており、その雌標本3体はベルリン動物博物館に展示されている)。
1頭の子は逃げてしまったが、残りの9頭はアハロニと妻の手でうまく育てられた。
この9頭はヘブライ大学のハイン・ベン・メナシェン博士の手に委ねられ、スコパス山にある大学の動物繁殖センターに移されたが、 ケージの床が木製であったためにハムスターがケージをかじり、翌日にはすでに5頭が逃げてしまっていた。
逃げたハムスターは、1頭も生きたまま回収できなかった(アハロニ教授によると、雄3頭と雌1頭が残ったことになっているが、これとは矛盾する報告も存在する)。
しかし、残されたハムスターたち(以後は乾草を詰め込んだ、大きなワイヤーメッシュケージで飼育された)は1年もたたないうちに150頭にも増えた(p.18)。
諸説あり、という但し書きはありますが、この内容を正しいとするならば、アハロニ氏が巣から取り出したのは、メスと12匹の仔ハムでも、妊娠した雌のハムスターでもなかったということになります。
動物学の研究をされている方々も、現在飼育下にあるハムスターの祖先が何匹であったとしても自身の研究テーマに影響はないため、直接原典は確認していなかったということでしょうか。
野生のハムスターに関する先行文献 2
投稿日時:
- 名前
- 山登魚
さらに、アハロニ氏以降、野生のハムスターを捕獲した情報についての部分も、以下に引用します。
引用:
他にも、アメリカにはマイケル・マーフィー (アメリカ人)がアレッポ地域で捕獲した13頭のゴールデンハムスターのうち12頭 (雄4頭と雌8頭)が、1971年5〜6月に持ち込まれている。(中略)その子孫たちは今も、メリーランド州ベセズダにある国立衛生研究所で繁殖に供されている。
また、1978年には別のアメリカ人 (ビル・ダンカン)がアレッポ地域で5頭のゴールデンハムスターを捕獲し、2頭の雌をテキサス州ダラスの南西部医学校に連れ帰っている。
さらに、1980年にも、国立乾燥地農業研究センター (シリア)でげっ歯類対策に取り組んでいた研究員によって、野生のゴールデンハムスター2頭が発見されている。残念ながらこの2頭は、捕獲前にネズミ用の毒餌を食べていたため、捕獲後間もなく死亡した。
この研究員は1982年にも同じ場所で別のペアを捕獲したが、雄はすぐに死んでしまった。雌はイギリスに持ち込まれたが、子は生んでいない(おそらく高齢であったため)。ハムスターに関する書籍の大部分には、現在飼育されているハムスターはすべて1930年に発見されたハムスターの直系子孫であると書かれているが、上記の資料より、1970年代やそれ以後に捕獲されたハムスターも祖先として貢献していることが明らかとなった(p.21)。
この「上記の資料」について、巻末にはマーフィー氏やダンカン氏による著書は見つからなかったのですが、彼らが寄贈したとされる研究施設や医学校に記録が残っている可能性があり、アメリカの研究機関の書籍もいくつか掲載されていました。
事の真偽もさることながら、原典には孫引きでは得られない情報が書かれていることもあり、できればこれらの書籍も図書館で探してみたいと思います。
なお、1997年〜1999年に19匹が捕獲されたという情報については、この本の発行後の話ですので、ここでは確認することができませんでした。
以上の内容が全て正しいものとする前提で、ここまでに分かったことをまとめると、少なくとも約100年前には、ゴールデンハムスターの生息域は農業地帯になっており、草原で得られる野草や種実類、昆虫類だけでなく、畑で採れる小麦類も食料とし、それ故に害獣として駆除の対象となっていました。
さらに、ハムスターの生態として、以下の記述もありました。
引用:
ハムスターは夜行性で夜間に活動すると思われているが、実際には薄明薄暮性で、夜明けや夕暮れに活動する(p.31)。
ガッターマン氏の論文が発表されたのは2001年で、その10年前に、既にゴールデンハムスターが夜行性であることを否定していたことには驚きました。
引用:
ハムスターは低温には比較的強いが、温度の急激な変化にはきわめて弱い。逆に、冬の気温が0℃前後で飲料ボトルが凍るほど寒いハムステリー(飼育小屋または飼育部屋)でも、温度変化がなく良質の敷料(床材)が十分に与えられていれば、1頭も冬眠せずに子も生まれ育つ(p.166)。
もっとも、この本では(繁殖を目的として)推奨される室温は年間通じて18〜20℃、療養中は23〜25℃に設定することとされています。
飼育方法については、本トピックの主旨からはやや外れますが、マッケイ氏やその先輩会員方の長年にわたる経験に基づく内容になっていて、大変興味深いものがありました。
具体的には、30×30cm(繁殖用は30×40cm)以上の小さなケージを多数収めた、スライド式またはキャスター付きの棚をハムステリーに設置し、照明やヒーターはタイマーやサーモスタットで設定するなど、厳密に管理した飼育環境を基本としていて、巣箱は必須ではなく(この辺りはブリーダーらしい飼い方かと)、床材はカンナクズを2cm敷くとしていました。
エサに関する情報も多く、小鳥用のミックスシードを独自に配合したものやミルワーム(8℃で管理とのこと)、安全に食べられる野草や種実類が紹介されていました。
さらに、安楽死に関する記述があったのは、ヨーロッパならではだと思いました。
30年前のイギリスの愛好家の飼い方が、現在の欧米で一般的なものなのかどうかは分かりませんが、少なくとも海外の方のいくつかのYouTubeに見られるような、大きなケージに床材を厚く敷いた飼育方法とは全く違っていました。
それから、飼育方法以外で目を引いたのは、野生化の報告です。
世界の様々な地域で野生化したコロニーの存在が報告されていて、それらの詳しい記録が残されているものは非常に少ないとのことですが、イギリスでは1958〜1981年にかけて、ペットショップから脱走したハムスターが野外で繁殖し、八百屋や家庭菜園、花屋などを荒らしているとして苦情が寄せられ、トラップと毒餌で捕獲された事例が7件記載されていました。
日本はイギリスより暖かいのにも関わらず、脱走したハムスターが繁殖した事例を、私は聞いたことがありません。
日本より厳しく思える環境で野生化していて、日本では生き延びることができていないのだとしたら、その理由が若干気になります。
最後に、なぜこの本の情報が日本で広まっていないのかといえば、端的に言って、本の価格が専門書並であるからではないかと思います。
実際、専門書と呼べる情報量ではあるのですが、遺伝を学び、繁殖を行い、ショーに出展するといった予定のない飼育者にとって、本書のうちの3分の2は全く生かす機会のない内容になると思います。
また、繁殖についての情報が具体的過ぎるため、図書館に置いて、普及させてほしいとも思えないです。
Re: 野生のハムスターに関する先行文献 2
投稿日時:
- 名前
- 山登魚
ふと思ったのですが、ここまで根気よく長文を読み進めてくださった方は、動物学に関心があると思いますので、もしよろしければ学会に顔を出してみたらいかがでしょうか。
年会費は多少掛かると思いますけど、発表せずに、ただ人の発表を聞いて質疑応答に加わるいるだけでもいいですし、何なら聞いているだけで、資料を持ち帰って家でゆっくり読んでみるのもいいかも知れません。
私は学会(動物学ではありません)に出席すると、日本語以外は理解が怪しく、ひたすらメモを取って、後で読み返したり(しなかったり)しています。
会場で研究者の方々と、直にお話できる機会もあるかと思います。
日本動物学会
Re: 野生のハムスターに関する先行文献 2
投稿日時:
- 名前
- 山登魚
補足です。
上記の学会への入会資格は特にないようです。
一般会員より教員・学生の資格がある方が会費は安くなっています。
学生というのは大学生を想定しているとは思いますが、高校生が発表する機会もあるので、年齢制限もないかも知れません。
引用:
入会について
動物学会は研究者や学生のみではなく、広く一般の方に会員になっていただくことができます。中学・高校の教員の方には、特別会費の設定があります。
Re: 野生のハムスターに関する先行文献 2
投稿日時:
- 名前
- 山登魚