野生のハムスターに関する先行文献
野生のハムスターに関する先行文献
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- 名前
- 山登魚
野生のハムスターの生態や環境全般についての知識を掘り下げることによって、ペットとしてのハムスター飼育の質の向上に活かしたいというのが、新たにトピックを立ち上げた動機です。
以前ネットや近隣の図書館数軒で調べた段階では、ハムスターの生態に特化した情報が少なかったため、今回は冬眠する哺乳類全体に対象を広げ、関連書籍を当たってみました。
まずは辞典で、冬眠の項を引くところから。
引用:
「体温は徐々に下がり、外温より0.5〜2.0℃高いだけの変温状態となる」八杉龍一・小関治男・古谷雅樹・日高敏隆 編『岩波 生物学辞典 第4版』岩波書店 1996年3月 p.997
冬眠中の哺乳類の体温は、巣穴の温度よりわずかに高い程度に保たれます。
そして、巣穴の温度が上昇すると代謝が活発になり、食料や水が乏しい中でエネルギー消費が大きくなってしまうと冬を越せなくなるため、冬期の温度変化が小さい地下に巣を作る動物が多いです。
引用:
川道武男・近藤宣昭・森田哲夫編『冬眠する哺乳類』東京大学出版会 2000年10月
こちらによれば、冬眠をする哺乳類の巣穴内部は、外気温と比べれば遥かに温度差が少ないという点で、いくつかの飼育書やネットの情報と一致しますが、某飼育書にあった「巣穴の温度は温度差が少なく通年17℃前後を保っている」という情報は、やはり当てはまりませんでした(以後冬眠に関する記述は、特に引用元を明記していない限り、この書籍からの引用になります)。
巣穴の温度に言及したいくつかの書籍の中から、アマミノクロウサギの巣穴の温度が11月半ばに最高17.5℃、最低16℃だった記録を見つけたので、どなたかが日本の南方に生息する哺乳類の巣穴の温度から類推したのか、それともハムスターの巣穴の年間平均温度か何かを計算して、発した数字が一人歩きしてしまった可能性があります(そもそも、ウサギは冬眠せずに越冬できます)。
引用:
桐野正人『シリーズ日本の野生動物5 アマミノクロウサギ』汐文社 1977年7月 p.136〜137
シリアン(ゴールデン)ハムスターの巣穴の径は体よりも少し太いだけなので、そこを通るときには柔らかな体毛を穴の表面によりそわせ、体温とそれほど変わらない微小環境をつくることで、体温調節のためのエネルギーの消費を大幅に節約しています。
引用:
縄田浩志・篠田謙一編『国立科学博物館叢書15 砂漠誌ー人間・動物・植物が水を分かち合う知恵』東海大学出版部 2014年4月 p.226
また、巣穴の寝床には様々な巣材が集められます。キマツシマリスの巣穴からは、乾燥したイネ科の草やアザミの綿毛、苔、羽毛が見つかっています。
地下巣の最低温度は普通、零下にはなりません。 例外としてはリチャードソンジリスの地下巣が−2.6℃、ホッキョクジリスの地下巣が−11.9℃という記録がありました。
シートンは1898年に、その著作の中で、シマリスの冬眠について、アルフレッド・アンソニーの記録を引用しています。
引用:
「冬眠中のタウンゼンドシマリスの体は硬直して冷たく、凍っていると思えたほどだった。」
Emest Thompson Seton『シートン動物誌⑩リスの食戦略』紀伊國屋書店 1998年10月 p.363
木製ケージで使える冬用ヒーターについて教えてくださいの最後の方で触れた、アメリカで巣穴の温度を測定した方が見たというリスは、凍ったような姿で冬眠していた個体か、あるいは冬眠に失敗して死んでしまった個体のどちらかだったのかも知れませんが、巣穴の温度が信頼できる統計と矛盾しているので、参考にはできないものでした。
また、ジリス属の冬眠研究では、冬眠を経験した個体のほうが、冬眠させずに一年中適温で飼育した個体よりも長命だったという報告もありました。
ハムスターMLでも冬眠と寿命の関係についての話題が出ていましたね。
冬眠で長生き?心拍数と寿命の関係・性成熟実際には、弱い個体は冬眠に耐えられず死んでしまい、強い個体だけが冬眠を乗り越えられる一方、冬眠させない環境では弱い個体も生き残るため、平均すると前者が後者に勝るという理由もありました。
もちろんペットですから、縁あってお迎えした子が弱い個体であっても、できるだけ心身の健康を図れるよう環境を整えていくのが飼い主の責任だと思います。
意外だったのが巣穴の湿度が高かったことで、これは体表からの水分の蒸発を節約するためのようです。
一方、飼育の適温範囲については、以前ハムスターMLでその根拠書籍として教えて頂いた『獣医実験動物学』とは異なりますが、同じ内容を確認することができました。
もしかしたら前述した書籍の改訂版なのかも知れません。
引用:
前島一淑・笠井憲雪『最新実験動物学』朝倉書店 1998年1月
よって、夏場は温度26〜28℃、湿度60〜70%、冬場は温度18〜20℃、湿度30〜40%を限度として、できるだけ短期間で温度変化のないよう管理をしていくのが、やはり無難かなと思いました。
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さて、ジリス属に話を戻すと、その多くは気温が高く日も長く、食物も豊富にある時期から冬眠に入ります(リチャードソンジリスの成獣メスは7月に冬眠に入ります)。
キンイロジリスの実験では、温度や日照時間の季節変動が全くない条件下で2年間飼育しても、冬眠開始時期におよそ1年の周期性が見られたことから、温度や日照時間ではなく、体内時計に従って冬眠していることが分かります。
一方、ゴールデンハムスターの場合は、日照時間が短くなり、寒さが続いた時に冬眠開始の引き金が引かれ、1カ月くらい時間を掛けて換毛や貯食をし、冬眠に入ります(オス100匹による実験結果です)。
ゴールデンハムスターの冬眠中の最低体温は5℃で、そこから考えると巣穴の温度はおよそ5〜0℃ということになります。
その際、秋から冬にかけて食物や水の欠乏が起きると、冬眠開始が早まることも分かっています。
なお、多くの昆虫の下限の発育限界温度は8〜14℃で、10℃付近に集中しています。
昆虫食のブーラミス、コウモリ類、ヤマネ類と同様に、ゴールデンハムスターも、砂漠における貴重なタンパク質や水分補給源でもある昆虫が捕食できなくなる頃に冬眠に入るようです。
飼育下におけるミルワームを、冷蔵庫内ではなく、ハムスターのケージと同じ場所で管理したほうがよい理由もこれで理解できます。
フォーラムやハムスターMLのトピックでは、キンクマやゴールデンハムスターのケージに毛布等を被せ、十分な太陽光を感じられない状態で、巣箱が小さくて保温のために必要な量の巣材を入れられず、ヒーターも設置しないか保温能力が低い、といった条件が重なって、疑似冬眠を誘発したと思われる事例がありました。
ハムスターの凍死・低体温症疑似冬眠の症状と引き起こしやすい環境冷たくなって動かない。疑似冬眠?低血糖?こうした事態を防ぐためには、十分な光と温度、食料と水を用意する必要があるというのは、ハムエッグの飼い方の記事にある通りです。
それに対し、ジャンガリアンハムスターは寒さに強く、冬毛が白くなることから積雪期にも野外活動を続けると思われ、野外では冬眠ではなく日内休眠しています。
日内休眠の果たす一番の役割はエネルギー節約です。活動を完全には停止しない動物種は、日内休眠で節約したエネルギーを運動エネルギーに差し向けています。
ハムスターMLでもその話題が出ていますね。
疑似冬眠と日内休眠の違い。暖めると危険な状態日内休眠は、冬眠と睡眠の中間に位置する現象で、冬眠のように24時間を超えることはなく、十数度以下に体温が低下することも稀です。
持続的休眠の回数は通常1日に1回ですが、中途覚醒でとぎれて1日に2回となることも時折あります。
野外では日の出前後の最低気温の時間に巣穴に戻って眠り、午前から午後にかけての気温がかなり上昇した時間帯に体温を上昇させて起きると考えられます。
日内休眠を引き起こす要因としては、低温、食物の欠乏、日長の短縮が知られています。
このうち、食物欠乏あるいは低温といった環境ストレスによって生じるものがストレス誘導性日内休眠ですが、温帯から極圏に分布する日周性異温動物において、日長の短縮が引き金になって発現するものが自発日内休眠です。
ジャンガリアンハムスターは、自発日内休眠をする代表的な種で、食物の欠乏や低温にさらさなくても、短日条件下に置くだけで日内休眠を開始します。
ですのでジャンガリアンを日内休眠させないようにするためには、保温よりも十分に光が入る環境作りが重要になります。
ただ、中には短日・低温条件下でも日内休眠を起こさない個体が存在することも知られています。
食物欠乏や低温などの不利な環境条件下では、日内休眠できる個体が生き残って翌年の繁殖に参加しますが、休眠可能個体が増えすぎた場合は、捕食者により巣内で休眠個体が捕えられる率が高まり、 敏捷に逃げることができる休眠しない個体の子孫が残ります。そして、休眠する個体と休眠しない個体が均衡をとりつつ生き残っていく、といった理由のようです。
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余談として、ハムスターの生息域とシルクロードが被っているなと思い、これも調べる過程で分かったのですが、中国西北部に自生している荒漠植物にはアカザ科が最も多く、他にハマビシソウ科、ギョリュウ科、キク科(ヨモギ属、ヒメジョオンに似たもの等)、マメ科(ウマゴヤシ、アカツメクサ、カンゾウ等)、マオウ科、タデ科、イネ科等の比重が高いようです。天山山脈北方、かつて烏孫国であった地域には松類も多く、松ぼっくり等をエサにしていたかも知れません。
あるからといってハムスターが何でも食べたわけではないと思いますが、少なくとも漢代以降、砂漠南側のオアシスに成立していた敦煌、安息等の都市国家では、小麦、トウモロコシ、リンゴ、ナシ、アンズ、ブドウ(ヤマブドウ)、ウリ類(スイカ、メロン、マクワウリ)、グミ、マタタビ科植物(サルナシ?キウイフルーツの原種)、シダ植物(ワラビ、ゼンマイ)等がありました。
さらに灌漑農業が進んだ漢代以降の中国では、西域やペルシアから持ち込まれたニンジン、ホウレンソウ、キュウリ、エンドウマメ、ソラマメ、桃、ザクロ、イチジク、ナツメヤシ(デーツ)、ゴマ、アーモンド等も植えられていました。
デーツは干柿みたいで私も大好きなのですが、繊維質が豊富過ぎるのか、1日一粒でも胃腸に不具合が生じ、食べ過ぎないようセーブしています。
引用:
足田輝一『シルクロードからの博物誌』朝日新聞社 1993年4月 p.241、247〜249、254〜256
「ステップとプレイリーで採集されたもっとも一般的で、なおかつ豊富な果実は、野生のバラ科植物の果実であった。その多くは、オランダイチゴ属、ブラックベリーおよびラズベリーなどキイチゴ属、チェリーおよびプラムなどサクラ属、ローズヒップなどバラ属、フサスグリ、 グズベリーなどスグリ属の実(スグリ科)など、 現在は栽培されているものである。」
「サラダとして生で食べられる植物は、ステップの民族の食事の中で重要な役割を果たしている。これには、ギシギシ属(スイバ属、タデ科)、ミチヤナギ属(タデ科)、ダイコン属やブニアス属などのアブラナ科植物、タンポポ属、ノゲシ属、キクニガナ属などのキク科植物、ハコベ属(ナデシコ科)、エゾボウフウ属、ハナウド属、ミツバグサ属などのセリ科植物、サクラソウ属(サクラソウ科)などがある。」
「ムラサキツメクサ (レッドクロ ーバー)や、シロツメクサ (ホワイトクローバー)、マウンテンクローバー、ウマゴヤシ属、 シナガワハギ属、セインフォイン (イガマメ属) やその他多くの種類のように、多くのステップのマメ科植物が蜜の原料として高く評価されている。」
引用:
大澤雅彦監訳『世界自然環境大百科8 ステップ・プレイリー・タイガ』朝倉書店 2017年4月 p.163〜165
うちで昔飼っていたウサギは、ハコベ、タンポポ、クローバーが大好きで、先代のジャンガリアンの飼育時からもタンポポとクローバーを自家栽培しているのですが、暖かくなったら、試しにハルジョオンやヒメジョオンもあげてみようかなと思いました(タンポポは移植すると一度全ての葉を落とし、クローバーはそのまま根付きますが、いずれも移植後に育った若葉をあげています)。
また、子どもの頃、野山で摘んで食べたトキメキが忘れられなくて、うちではヤマブドウやグミ、桑(以前にはフサスグリやブラックベリー等のキイチゴ、イチゴ)も育てています。
これらをハムスターにあげるとすれば、種子ごとでよいのか、種子を取り除けば大丈夫なのか、それとも果肉も控えたほうがよいのか、まだ成分を確認しておらず、人間のジャム専用にしているのですが、うちのグミは少し渋いので、生食ではオヤツに向いていない気がします。
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後は、今回参考にした書籍の論拠となった論文に当たっていけば何か更に分かるかも知れませんが、そういった論文はほとんど英語です。
また、今回は時間があまり取れず、各大学の論文集の棚もスルーしましたし、自分の英語読解力が経年劣化で怪しさに拍車が掛かっているので、洋書の棚もスルーしました。
理系で英語に強い方々からの情報やご意見が頂ければありがたいのですが…
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ハムスターの体内時計についての補足です。
ハムスターは体内時計に促されるのではなく、日長の短縮その他の条件によって冬眠に入りますが、冬眠開始時に巣穴の入り口は捕食者の侵入を防ぐため土で塞がれるので、冬眠終了まで外から光が到達することはなく、日長の変化で春の到来を知ることができません。
そこで体内時計の指令により、冬眠中に性腺が再発達し、冬眠を抑制する性ホルモンの分泌を介して、冬眠終了時を判断するのではないかと考えられています。
ゴールデンハムスターは野生下において、しっかり時間を掛けて巣穴の冬支度を整えて冬眠するため、飼育下においても巣作りに時間が掛かり、体内時計に正確なのかなと思いますし、ジャンガリアンハムスターは冬場も地上での活動を継続させ、素早く出入り口を掘ったり埋めたりする必要があることから、飼育下でも巣作りが得意で、体内時計に従うというより、臨機応変に環境に適応しようとする傾向が強いのかなと思いました。